元寇

鎌倉時代 / 6枚

元が2度にわたって日本へせめてきたのが元寇です。元の皇帝フビライ・ハンが服属を求めてきたことがきっかけでした。

年よび名
1274年文永の役
1281年弘安の役

このときの執権が北条時宗です。要求をしりぞけ、九州の御家人を集めて防ぎました。1度目のあと、博多湾の沿岸に石塁を築いて2度目に備えています。

元寇は防衛の戦いだったので、勝っても新しい領地が手に入りませんでした。御家人は戦費を負担したのに御恩がもらえず、生活に苦しむようになります。元軍は集団戦法と火薬を使う武器を用い、日本の武士の戦い方とはまったくちがっていました。

そこで幕府は徳政令を出して御家人の借金を帳消しにしましたが、かえって混乱を招き、幕府への信頼はいっそう失われました。

カードの一覧

問題答え
1274年に元の軍が九州北部にせめてきたできごとは?文永の役
1281年に元の軍がふたたびせめてきたできごとは?弘安の役
元寇のときの鎌倉幕府の執権はだれ?北条時宗
元寇のあと、御家人の生活を助けるために出された法令は?徳政令永仁の徳政令
元の皇帝で、日本に服属を求めてきたのはだれ?フビライ・ハン
元軍を防ぐために博多湾の沿岸に築かれたものは?石塁防塁