豊臣秀吉

安土桃山時代 / 7枚

豊臣秀吉は、1590年に全国を統一しました。織田信長の家臣から、天下人になった人物です。

政策内容
太閤検地田畑の広さと収穫高を調べる
刀狩百姓から武器を取り上げる

この2つによって、武士と百姓がはっきり分けられました。これを兵農分離といいます。武士は武器を持って戦い、百姓は田畑を耕して年貢を納める、と役割が固定されました。

天下統一の拠点となったのが大阪城です。わび茶を大成した千利休が秀吉に仕えたのもこの時期です。

晩年に2度、朝鮮へ兵を送りました。これが大名の不満を高め、豊臣氏の力を弱める結果になりました。太閤検地では田畑の生産力を米の量で表す石高が使われ、以後の基準になります。全国を統一したのは1590年で、信長が始めた事業を引きついで成しとげました。

カードの一覧

問題答え
1590年に全国を統一した人物は?豊臣秀吉
田畑の広さと収穫高を調べた政策は?太閤検地
百姓から武器を取り上げた政策は?刀狩
太閤検地と刀狩によって、武士と百姓を区別したことを何という?兵農分離
豊臣秀吉が築いた、天下統一の拠点となった城は?大阪城
豊臣秀吉が2度にわたって兵を送った国は?朝鮮
豊臣秀吉に仕え、わび茶を大成した人物は?千利休