太閤検地と刀狩
安土桃山時代 / 7枚
太閤検地と刀狩は、どちらも豊臣秀吉の政策で、目的も結果もつながっています。
| 政策 | 何をしたか |
|---|---|
| 全国の田畑の面積と収穫高を調べた | |
| 百姓から武器を取り上げた |
太閤検地では、ものさしやますを全国で統一しました。地方によってちがった量り方をそろえたことで、年貢を正しく取れるようになりました。
田畑の生産力を米の量で表したものが石高です。以後、大名の力も土地の価値も、石高で表されるようになります。
刀狩の理由は、百姓の一揆を防ぐためです。この2つによって兵農分離が進み、武士と百姓の身分がはっきり分かれました。身分が固定されたことが、次の江戸時代の社会のもとになります。刀狩で集めた武器は、大仏をつくるために使うと説明されました。
カードの一覧
| 問題 | 答え |
|---|---|
| 豊臣秀吉が全国の田畑の面積と収穫高を調べた政策は? | 太閤検地 |
| 太閤検地で田畑の生産力を米の量で表したものは? | 石高 |
| 豊臣秀吉が百姓から武器を取り上げた政策は? | 刀狩 |
| 刀狩を行った理由は? | 百姓の一揆を防ぐため |
| 太閤検地と刀狩によって進んだ、武士と百姓を分ける動きは? | 兵農分離 |
| 刀狩令が出された年は? | 1588年 |
| 太閤検地でものさしやますをどうした? | 全国で統一した |