鎖国

江戸時代 / 10枚

鎖国は、外国との交わりを制限した政策です。まったく閉ざしていたのではなく、4つの窓口が開いていました。

窓口相手
長崎(出島)オランダ・中国
対馬藩朝鮮
薩摩藩琉球王国
松前藩蝦夷地のアイヌ

オランダだけがヨーロッパで残されたのは、キリスト教を広めなかったからです。ポルトガルは布教を行ったため、来航を禁じられました。

キリスト教を禁じたのは、信者が団結して幕府にそむくことを恐れたからです。信者を見つけるために踏絵が使われました。

1637年の島原・天草一揆は、キリスト教徒を中心とする大規模な一揆で、鎖国を強める直接のきっかけになりました。朝鮮からは朝鮮通信使が将軍の代がわりごとに送られました。鎖国のもとでも、オランダから世界の情勢を伝える報告書が幕府に届いていました。

カードの一覧

問題答え
江戸幕府が鎖国のもとで貿易を認めた、長崎の人工島は?出島
鎖国のもとで日本と貿易を続けたヨーロッパの国は?オランダ
鎖国のもとで日本と貿易を続けた、ヨーロッパ以外の国は?中国清
朝鮮との窓口になった藩は?対馬藩
琉球王国との窓口になった藩は?薩摩藩
蝦夷地のアイヌとの交易の窓口になった藩は?松前藩
キリスト教の信者を見つけるために踏ませたものは?踏絵
1637年に九州で起きた、キリスト教徒を中心とする一揆は?島原・天草一揆
鎖国が完成したとされる年に来航を禁じられた国は?ポルトガル
朝鮮から江戸幕府に送られた使節を何という?朝鮮通信使