開国
江戸時代 / 8枚
1853年、ペリーが浦賀に来航しました。ここから日本は開国へ向かいます。
| 年 | 条約 / 内容 |
|---|---|
| 日米和親条約。下田と函館を開く | |
| 日米修好通商条約。貿易を認める |
日米修好通商条約を結んだのが大老・井伊直弼です。朝廷の許しを得ずに結んだため、強い批判を受けました。
この条約が不平等とされるのは2点です。相手国の領事が裁く領事裁判権を認めたことと、輸入品にかける税を自分で決められない(関税自主権がない)ことです。
最大の貿易港は横浜、最大の相手国はイギリス、最大の輸出品は生糸でした。生糸が大量に輸出されたことで国内の値段が上がり、人々の生活は苦しくなりました。この不平等条約を改正するのに、明治政府は半世紀近くを費やすことになります。
カードの一覧
| 問題 | 答え |
|---|---|
| 1853年に浦賀に来航したアメリカの使節は? | ペリー |
| 1854年に結ばれ、下田と函館を開いた条約は? | 日米和親条約 |
| 1858年に結ばれた、貿易を認める条約は? | 日米修好通商条約 |
| 日米修好通商条約を結んだ大老は? | 井伊直弼 |
| 日米修好通商条約が不平等とされる点を2つ挙げると? | 領事裁判権を認めた・関税自主権がない |
| 日米修好通商条約で開かれた港のうち、貿易額が最大だったのは? | 横浜 |
| 開国後、最大の貿易相手国は? | イギリス |
| 開国後の最大の輸出品は? | 生糸 |