大日本帝国憲法

明治時代 / 8枚

1889年に発布されたのが大日本帝国憲法です。手本にしたのはドイツの憲法で、天皇の力が強い形になっています。

ドイツを手本にしたのは、君主の力が強い憲法だったからです。国民の権利が強いイギリスやフランスの形は選ばれませんでした。

ことがら内容
主権を持つ人天皇
草案の中心伊藤博文
帝国議会衆議院・貴族院

伊藤博文は、初代の内閣総理大臣でもあります。憲法の草案づくりのためにヨーロッパへ渡って学びました。

最初の選挙で選挙権があったのは、一定の税を納める25歳以上の男子だけでした。人口のごくわずかしか投票できなかったことになります。1890年には教育勅語が出され、教育の方針が示されました。国民は「臣民」と呼ばれ、権利は法律の範囲内で認められる、という形になっていました。

カードの一覧

問題答え
1889年に発布された憲法は?大日本帝国憲法
大日本帝国憲法が手本にした国の憲法は?ドイツプロイセン
憲法の草案づくりの中心となった人物は?伊藤博文
伊藤博文が就任した、初代の役職は?内閣総理大臣
大日本帝国憲法で主権を持つとされたのは?天皇
帝国議会の2つの院は?衆議院・貴族院
最初の衆議院議員選挙で選挙権があったのは?一定の税を納める25歳以上の男子
1890年に出された、教育の方針を示したものは?教育勅語